聖女テレーズについて


 リジューのテレーズは1873年生まれ。リジューはフランス、ノルマンディ地方の町です。

 敬虔な信者の父母を持ち、4人の姉も修道女となりました。

 末っ子のテレーズも、「すべての罪人のために祈り、神の慈悲に自分を捧げること」を天命と信じ、15歳でリジューの女子カルメル会の修道院に入ります。

 しかし23歳の時に結核のため喀血して、早く世を去ることを悟ります。それから、自分の使命は死後に人々のために尽くすことだと決心しました。

 テレーズはある時、ひとりの僧侶がルイ・ド・ゴンザーグというイエズス会の聖人に病気治癒を祈り、かなえられたという聖人伝を読みました。その僧侶の寝床には、バラの花が雨のように降ってきたということです。テレーズは感銘を覚え、「わたしもバラの雨を降らせて人々を救います」と誓ったのでした。

 24歳で他界した後、自伝『ある魂の物語』が出版され、テレーズの遺志は世の人々に知られることになりました。これは聖書の次に多くの言語で翻訳されている書物です。自伝には「小さな白い花の春の物語」という副題がついています。テレーズはこの中で自分を小さな花にたとえて、「イエスが手折られた小さな花の物語をしたためます」と書いています。

 それを読んだたくさんの人がテレーズに祈り、奇跡が世界中で起きました。『バラの雨』という題の、7巻3000ページにわたる奇跡の治癒例も出版されています。

 テレーズの遺志はかなえられ、今も人々は彼女に祈り続けているのです。


 ひとり、日本でも有名なフランスの歌手が、テレーズに祈って願いをかなえられています。

 エディット・ピアフです。彼女は幼いとき角膜炎を患って盲目になってしまいました。ところが祖母に連れられてリジューにあるテレーズの墓所をお参りし祈ったところ、目が見えるようになりました。ピアフはそれから一生涯、聖女テレーズを崇拝し、常にメダイを身に付けていたということです。


 聖女リタと同じくバラがエンブレムであるリジューの聖女テレーズは、聖女ジャンヌ・ダルクと並んでフランスの第二の守護聖女であり(第一は当然ながら聖母マリア)、花屋と園芸家、病人などの守護聖女でもあります。

 1997年には教会博士の称号が与えられました。